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mr-absentia

【Twitter】 ナショナリズム

from @magosaki_ukeru:

  • かつて読売新聞OBが嘆いた「自分はやや右翼的。しかしナショナリズムを左翼に取られている」。何を言っているか。例えば普天間基地。本来沖縄住民側に立ち、「ヤンキーゴーホーム」と言うのが右翼のはず。

  • 米軍と右派との関係を見て見よう。岸信介、佐藤栄作、どちらも右派に属する。しかし岸信介は占領体制の続行を改めようと安保改定にかかった。そして米軍の撤退とその根拠の行政協定取り組みに取り組もうとした。では佐藤栄作はどうか。

  • 1965年8月佐藤首相は沖縄を訪問しました。沖縄は米軍の占領下にあります。佐藤首相は那覇空港に到着するや「沖縄の復帰が実現しない限り、我が国の戦後は終わっていない」と演説。この台詞は外務省と全く打ち合わせなし。外務省仰天。1964年米国は北ベトナムへの北爆開始。沖縄の基地からB52が越に飛び、爆撃。沖縄の米軍基地の重要性が増している時。当然米軍、米国反対。佐藤首相は早期返還、本土並み、核抜き主張。

  • 1968年1月下田駐米大使は打ち合わせに一時帰国、6日首相官邸に。ここには首相、保利官房長官、木村外務大臣が集結。下田大使は「核抜き」返還が難しいと説明。そして下田大使は「“本土並み”という条件なら早期の決着は可能ですが、“核抜き”の条件が入ると、早期の決着は極めて困難になると考えられます。どちらをとるべきや」と首相に問う。長い、息づまる緊張。結局佐藤首相は「下田君、やはり核付きの返還なんて考えられんよ。あくまで核抜きでいこう」と裁断。

  • 米国に言うべきことはいう。そういう政治家が日本にいたのです。それも一般には米国に追随していると見られる岸信介や、佐藤栄作が一番毅然としている。なんだろう。今は普天間基地程度の最低県外を述べると、「日米がこんなに危機を迎えたことはない」という台詞に日本国中がびくついた。

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